魯迅の席

「ここはなかなか良い席だから、君たちも座ってみなさい。」江沢民中国国家主席(当時)が来日の際、分刻みの日程を縫って晩秋の仙台を訪れた。

中国近代化の父といわれる、魯迅の足跡をたどるためである。魯迅は『阿Q正伝』などで世界に有名になったが、文筆家を志す前、仙台医学校で学んでいたのである。

主席は、東北大学片平キャンパスの階段教室を訪れ、いつも魯迅が座っていたという席に座ってみた。暖房は教壇の脇の石油ストーブ1個で暖かくはなかった。ベンチ式の木の長椅子も冷えてつめたかった。しかし主席は、外套姿のままいつまでも座っていた。

そして、随行員達に「ここはなかなか良い席だから、君たちも座ってみなさい」と、しきりに勧めたのである。

この教室は、長机が三列に並んでいて、通路は4箇所である。魯迅はいつも、真ん中の列の下から5段目、教壇から見て右端に座っていた。黒板に対するこの位置は悪い位置ではないが、他の席に比べて著しく優位に立っているとも思えない。

主席の「なかなか良い席だから」という評価は、自分たちが“心の父”と仰ぐ人が学んでいた、まさにその場所に自分も座っている。そんな感激の気持ちの露呈であったのだろう。

魯迅が留学中、仙台の人たちにはとても親切にしてもらったという。とりわけ解剖学の藤野厳九郎は、親身に世話をした(随筆集6「藤野先生」参照)。中国近代化の父といわれる魯迅も、もし仙台に留学しなかったら、後の活躍の原動力は生まれなかったかもしれない。

学問には国境はない。私たちも、医学を通じて、少しでも国際交流のお手伝いができるよう努力したいものである。
(PC版「随筆その9魯迅の席」より抜粋)

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